人がヒトとして生きる以上、『死』は必ず訪れる事象である。死とは命の終わりであり絶対的なもの。死因や死期にブレはあれど、ソレは平等に全ての人間に与えられる。例え生前どれだけ親しかった人間であったとしてもそれは同じ。死人となってしまえばその人との意思の疎通は二度とできなくなる。死んだ人間が蘇ることなんてありえないし、死んだ人間は動かないし喋らない。死を迎えたその瞬間から、その人の物語は完全に終わりである。
だが、死んだからといってその人の人生が全て無に帰すかといえば違うだろう。
例え死を迎えたとしても、その死に至るまででその人が生きた『時間』は間違いなく存在する。もちろんその時間を共に過ごした人がいたのであれば『記憶』や『思い出』という形でその人の存在は残り続ける。そして『その人が生きた時間』『その人と過ごした記憶』が遺された別の誰かを動かすことだってある。誰かが生きるうえで遺したものは全て『その人の存在した証』として世界のどこかに根付いているのだ。
死ぬこととは自らの存在した証を世界に残すため『生きる』ことの延長で、『死』そのものは単なる自発的に行動できるタイムリミットでしかない。難しいことを長々語ってしまったが、言いたいことはたった一つ。人生において大切なのは『生きているうちに何をしたか、何を残したか』…ということである。だからこそ諸君らもたまには『何を遺したいか/何を遺せているか』について深く考えてみてほしい。
え、『ゲームを語る記事なのになんで初っ端からそんなわけわからんこと言ってんだ』って?悪いね、今回のゲームを一通りプレイしてみて、なんとなく不思議な気分になってしまっていたのだ。というわけで今宵語る作品はこちら、『Hookah Haze (フーカーヘイズ)』である!!
プラットフォームはNintendoSwitch/Steamの二択。例によって例の如く我はSwitch版をチョイス。パッケージ版などは存在しないため購入する場合は各プラットフォーマーのストアへ向かいたまえ。開発元はアクワイア、販売はアニプレックスが担当。初報が発表された時からビビッと来るものを感じ、個人的にそこそこ期待していた作品であったのだが、思っていたのとは違う方面で我に刺さったのもあって、こうして完全クリアした勢いのままにテキストを書いているのである。ゆえに普段の他記事に比べるとテキストの量が少なかったりするが、そこは気にしないでいただきたい。
本作は『VA-11 Hall-A』あたりをきっかけに少しずつ増えだした『お店を運営しつつお客様とのやりとりで物語を楽しむ』タイプのADV。この手の方向性の作品だと喫茶店だとかバーだとかが舞台に選ばれることが多かったのだが、本作の舞台となるのはまさかの秋葉原のシーシャ屋さんである。なんでシーシャのゲームから記事冒頭のハナシに繋がるのか疑問に思うだろうが、まぁそれは追々わかると思うので今はさておこう。
(てかアキバは日常的に通っておるがシーシャ屋ってあったかな…渋谷とかそっちのイメージ)
先に『シーシャ』とは何かについてサクッと説明しておくが、コレはいわゆる『水タバコ』ってヤツである。葉タバコを水で濾過したものを専用のホースで吸うもの…らしい。『らしい』というのは我も実物を見たことがないので軽くググって出てきた情報を書いてるだけだからである。一応仕事の同僚のハナシに何度か出てきているのを聞いた記憶はあるし、若人を中心に人気の嗜好品ではあるらしい。あ、ちなみに原料はタバコなので当然ながら大人(20歳)になるまでは使っちゃダメよ。
なおこの辺のシーシャに関する最低限の知識はゲーム内でも教えてくれるほか、ゲームの攻略においてシーシャの専門知識が求められる場面は一切ないので『シーシャとか見たことも聞いたこともないよ!』って人でも安心して手を出していい。
さて、改めまして本作…の舞台となるシーシャ屋『Hookah Haze』の1日の流れについて紹介していこう。本作の1日はシーシャ愛好家向けSNS『Hookah Link(通称フカリ)』への投稿からはじまる。ここに載せる『本日のオススメフレーバー』を選択することになるわけだが、ここに何を載せたかによってその日に来店するお客様が変化する。誰に来てほしいかをしっかり考えてオススメを選ぶべし。
お客様が来店したら接客開始!お客様のオーダーをしっかり聞き取り、オーダー通りにフレーバーを組み合わせてシーシャを作るべし。フレーバーは『フルーツ』『スイーツ』『ドリンク』『スパイシー』『ナッツ』の5種類があり、ここから任意の3つを組み合わせてシーシャを作る。無事オーダー通りのシーシャを提供できれば喜んでいただける。
シーシャはフレーバーの組み合わせの数だけ存在し、一度でも作ったことのあるシーシャはレシピにも自動的に登録される。レシピに登録されたシーシャは主人公による説明文を読めるようになるほか、シーシャ作成時にワンボタンですぐ作れるようになり、更に『本日のオススメフレーバー』にも選べるようになる。お客様のオーダーから外れない範囲で色々試してみるといいだろう。
シーシャ屋店長の仕事はシーシャを提供するだけじゃない。お客様に最高の煙を味わってもらうためには『炭交換』も必要なのだ。炭交換の場面では適正な量の炭を置かなくてはならないのだが、その点主人公の見立ては常に完璧なので彼の心の声に従えば問題なし。炭の数は3つが基準で多めなら4つ、少なめなら2つ置くようにすれば大丈夫である。
シーシャ提供と炭の交換を終え、一通りシーシャを楽しんでいただけたお客様は退店する。お客様が全員退店なさったならば1日が終了し次の日へと進む…という繰り返しで本作の物語は進んでいく。
『Hookah Haze』に来店するお客様…もといヒロインはコンカフェの人気No.1店員『愛上あむ』、気さくなショップ店員『明月院こころ』、無口な人形作家『古森くるみ』の3名。お客様たちは非常に可愛らしく、それでいて個性豊かな方々であるが、一方でその心中には大きな悩みやトラウマを抱えている。本作では主人公である店長『炭木トオル』くんがそんな彼女らとシーシャを通して交流し、心を通わせていく様が描かれる。
お客様との会話は大きく分けて『来店時/退店時/炭交換中の会話』『シーシャ提供後/炭交換後の雑談』の2つが存在する。前者が事実上のメインシナリオに近い扱いで彼女たちの悩みに深く切り込んだ内容、後者はサブシナリオ的でリラックスしている彼女たちの姿を見ることができる。
先んじて触れた通り来店するお客様は『本日のオススメフレーバー』に投稿した内容によって変化。内容によっては1日に2人のお客様が来店するケースもある。その場合は『シーシャ提供後/炭交換後の雑談』を置き換える形でヒロイン同士の会話イベントが発生。いつもよりも賑やかなやりとりを楽しむことができるので、彼女ら同士の交流を眺めたい人は積極的に複数フレーバーのミックスをオススメに選ぶといいだろう。中には彼女らのトラウマ等を知っている状態で見返すと『あっ』となる場面もあったりするけども。
本作の物語がどのような結末を迎えるか、それは『Hookah Haze』で誰と深く交流したかによって変化する。エンディングは全部で12種類、もっと正確にいうと各ヒロイン+トオルくんに3種類ずつエンディングが用意されている。
基本的に『物語を最後まで終えた際にヒロインごとのエンディングが流れる』…という特殊な形式で、例えばあむちゃんのハッピーエンドを迎えたならば、同時にこころさん/くるみちゃんのノーマルorバッドエンドも埋まる…といった感じである。一度のプレイでハッピーエンドを迎えられるのは3人のうち1人だけなのはちょいと無情を感じなくもない。
オート再生にバックログ、既読スキップといったADVとして見た場合の基本的な機能は一通り備わっているためプレイフィールはそこそこ快適。特にどこでもセーブ可能かつ、セーブ機能が30枠もあるのはナイス。好きなイベントの直前などに気軽にセーブするべし。なおCG閲覧モードがない点だけは少々残念、周回そのものは苦ではないのが救いではある。
ゲーム中で流れる会話のバリエーションはかなり豊富。例えば『シーシャ提供後/炭交換後の雑談』はお客様が1人で来店しているケースならば、そのタイミングでしか聞けない専用の会話が発生する。一方で複数人が同時に来店するケースならば『その組み合わせになったのが何回目なのか』で異なる会話になる。
前者の会話を聞けるのは1周のうちに1度きり、後者でも全パターンを網羅しようとするとかなり骨が折れる。それが3人のヒロインとそれぞれの組み合わせの分だけ存在する…と言えばそのパターンの膨大さは理解できることだろう。当然ながら1周のうちに全部の会話を見ることなど不可能、最短でも5-6周くらいはしなければ全パターンの網羅はできないだろう。周回プレイの折には色々な組み合わせの会話を楽しむといい。
ちなみに汎用の会話パターンもないわけではないのだが、汎用イベントも『ヒロインAのハッピーエンドフラグを確定させた後に、ヒロインBorヒロインCの連続イベントを全て見終えると、それ以降の来店時に発生する』という半ば隠しイベントみたいな状態になっている。
ところで本作は体験版が事前に配信されており、そちらでは本編とは違ったオリジナルストーリーを楽しむことができた。こういう体験版は本作に限らず昨今のゲーム作品ではありがちなのだが、本作では『ANOTHER DAY』という形で体験版シナリオもまるごと収録してくれているのが嬉しいところ。『ANOTHER DAY』の物語は本編と独立しているため好きなタイミングでプレイするといい。ほんの2日間だけのストーリーだが、本編同様に来店するお客様によって多彩な会話パターンが楽しめるので満足度は高い。あとあむちゃんのテーマソングである『ヤんなっちゃう』が本作で一番目立つシナリオでもある。
プラスなのかマイナスなのかは人によりけりなポイントだが、本作はADVの攻略的な意味での難易度は極めて低い。いずれのヒロインのルートでも『一定回数以上ヒロインを来店させ、選択肢が発生するイベントで特定の選択をする(ややネタバレ)』だけでハッピーエンドに到達できるため、複雑なフラグ建てが必要な箇所は全く存在しない。身も蓋もないことを言ってしまうと攻略において重要なのは『オススメフレーバーの選択』だけである。
ゲーム中で幾度となく頭を悩ませる『提供するシーシャの種類』『炭交換時の成否』に至っては全く攻略に関係ないため、この手のジャンルにおける代表作である『VA-11 Hall-A』にあったような『特定のシーシャを出して新たな分岐を見つける』といった楽しみ方はできない。まぁだからこそ失敗時とかの反応を心置きなく見れるともいえるのだが。
ところで本作はゲームを彩る要素がどれも素晴らしいのが一目見るだけでわかるだろう。リッチなピクセルアート調(ドット絵)のグラフィックで描かれる世界観はこういった方向性のゲームが好きなのであれば引き込まれること間違いなし。通常の立ち絵や炭交換時のバンクはもちろんのこと、背景のアクアリウムやシーシャ作成時のイメージ画像も含め美麗なもの揃い。一部シーンで挿入されるCGスチルも数こそそこまで多くはないがこれまたナイス。
とはいえ本記事に載せてあるのはいずれも静止画のスクリーンショットである。ハッキリ言おう、本作のビジュアル面のクオリティは実際に動いているところを見ないと完全には伝わらない。本作のグラフィックの最大の魅力は『動き』にある。
キャラクターたちの立ち絵はよく動き、そして細かな仕草ひとつひとつに拘りを感じる出来栄えである。これは個人的な所感だが特に『瞳』の描写に力が入っているように感じられた。これから本作をプレイする人々にはぜひとも表情と共に変化する瞳の動きに注目してみてほしい。あと地味にくるみちゃんのアワアワ表情における口の動きが好きだったり。
そしてシーシャが題材のゲームなのでやはりというか『煙』のグラフィックは一級品。お客様たちがシーシャを吸うシーンでは当然シーシャの煙が吐き出される訳なのだが、この時の煙の濃さや勢い、それが少しずつ広がりやがて薄れていく様が非常に丁寧に描かれている。煙の動きはUIに関係なく必ず最前面で描画されるのもあってスタッフ的にも自信たっぷりなのがよく伝わってくる。
グラフィックと並び印象的なのはサウンド。接客中のBGMは画面下にあるサウンドプレイヤーで切替/再生/停止が可能。いずれの楽曲も落ち着いたものとなっておりチルアウトにピッタリ。どの場面にどんな曲を流していても違和感がないのはナイスとしか言いようがない。BGMを停止すればアクアリウムのモーター音や雨音といった環境音が聞こえるようにもなる。コレもまたオツなものである。
サウンドプレイヤーで流すことができない楽曲だと本作の主題歌『Hookah, whoo!(歌:藍月なくる)』とあむちゃんのテーマソング『ヤんなっちゃう(歌:リリぴ)』がある。この2曲は原則エンディングで流れるようになっており、通常のBGMからは一転して自己主張がかなり激しい。物語を全て見終えた締め括りをより印象付けてくれるハズである。なお両曲ともに作詞はDECO*27氏、作曲編曲はtepe氏が担当。
…さてさて、ここまでも充分本題だったがここからも本題である。グラフィックもサウンドも共に素晴らしい本作であるが、一方で我に一番刺さったのはそれらではない。本作において最も我に刺さった部分はキャラとストーリーの描写なのだ。
本作のキャラたちはいずれも魅力的ながら、その中でも印象に残ったのは主人公である『炭木トオル』くん。実は彼は病により長く生きることができない身である。処方された薬を毎日飲まないと痛みで動くことすらできない。そんな彼が何故シーシャ屋の店長をやっているのか?答えは簡単、『患者のやりたいことを叶える』という末期患者向けの支援制度を利用しているから。
彼に処方された痛み止めの薬は14日分、つまり本作の舞台となる『Hookah Haze』とは、彼が悔いを残さないために用意された14日間だけの期間限定のシーシャ屋なのである。日数が進むにつれてカレンダーの隣にある薬も減っていく演出もあって着々とタイムリミット…そしてトオルくん自身の『死』が近づいていることを突き付けてくる。
そしてトオルくんはそんな身の上であるにも関わらず(だからこそ?)非常に心優しい青年として描かれており、作中ではお客様に寄り添おうと尽力し続ける。純粋な慈愛の精神とシーシャ・アクアリウムへの愛の塊のような存在ともいえる彼の姿はとにかく好印象である。
加えてヒロインが抱えるトラウマや悩みはどこかしらトオルくん自身の過去の絶望・諦観に重なる箇所が少なからずあり、トオルくんは自身の経験を元に彼女らに寄り添っていくことになる。そしてそして同じようにトオルくんもまた彼女らから影響を受け、自らの死生観を見つめ直していく…というのが本作の大筋の流れとなっている。
この一連の心理描写がとにかく美しく丁寧であり、本作のプレイヤーがトオルくんに惚れ込むのも無理もないことだろう。…だからこそ、本作の前提となる『余命幾ばくもない』という設定がより重くのしかかり、物語を読み進めるにつれて『トオル死ぬな』『トオル生きろ』と否が応でも強く思うようになってくるのだ。そしてこの設定は本作のエンディングにも独特な味わいを持たせている。
各ヒロインとの物語を完遂すると辿り着けるハッピーエンドはいずれも平たく言って極上の一言。本作はエンディングの雰囲気だけで100点満点を与えられる。どのエンディングでも共通して描かれる『亡くなったトオルのことを想いつつも、自らの悩みを乗り越えて未来を見て生きていく姿』はそういった要素を含んだビターエンドを求める人間からすれば最高の逸品である。フィクションでのこういうシチュエーションってありそうで意外と少ないのよね。メーカー側が日和って奇跡の生還させちゃったりとか、逆に死んだのをずっと引き摺り続けたりとかしちゃいがち。
(ネタバレになりそうな箇所は反転文字にしています)
何もかもがなかった青年が人生が終わるまで懸命に生き、結果として大切な誰かの人生を良い方向へと導いた…傍から見ればバッドエンドと言われようが、ソレが彼にとっては立派なハッピーエンドであったのだ。なお本作にも主人公が生還するルートは存在するし、それもまた納得のいくハッピーエンドなのだが、個人的にはビターな各ヒロインルートの方が大好きではあった。先述したようにトオルくんには『生きていてほしい/生き残ってほしい』と思ってるのにシナリオ的には死んだ方が綺麗で美しいと感じてしまうあたり、つくづく人間(というか我?)とは難儀なものである。
(ここは最大級のネタバレなのでまるごと反転文字です)
さてさて、本作は一目見て引き込まれるグラフィック面、それからゲーム業界ではおそらく初の『シーシャ』というオンリーワンなテーマで興味を持って貰いつつ、手に取ったプレイヤーの心をシナリオ・設定面の良質さで掴んで離さない作りのゲームである。ボリューム自体はそこそこといったところだが、その内容はちょっとやそっとで忘れられないくらいプレイヤーの感情を揺さぶってくる一本となっている。
社内インディーとでもいうべきなのか、価格も1980円と著名パブリッシャー/デベロッパー作品にしては非常にお安めであるため、少しでも興味を惹かれたのならすぐに手を出せるのもありがたいところ。とりあえず本作の雰囲気から伝わってくる何かに少しでもビビっと来るものがあったのなら、本作を楽しめることは間違いなしなので、ぜひぜひオススメしたいところである。そして、たった14日間だけ存在したシーシャ屋で起こるドラマをしっかり見届けるべしである。